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名古屋地方裁判所 昭和62年(ワ)706号 判決

原告

山内恵美子

被告

松本健一

ほか一名

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金一八二万四九二一円及びこれに対する昭和六二年三月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告らの各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自金四八四万四二〇〇円及びこれに対する昭和六二年三月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和六一年一一月一二日午後三時二五分ころ

(二) 場所 愛知県春日井市上野町四二八番地の一先市道(以下「本件道路」という。)上

(三) 加害車両 被告松本健一(以下「被告健一」という。)運転の小型特殊自動車(フォークリフト、以下「被告車」という。)

(四) 被害車両 原告運転の原動機付自転車(以下「原告車」という。)

(五) 態様

原告車が北から南に時速約二〇キロメートルで進行していたところ、道路西側の被告松本兼広(以下「被告兼広」という。)経営の自動車解体作業場敷地から、本件道路を西から東へ横切ろうとして右道路へ進出してきた被告車のフォークリフトの爪に原告の前頭部が衝突し、原告は転倒した(以下「本件事故」という。)。

2  責任原因

(一) 被告健一は、本件道路の左右の交通の安全を確認せず、かつ荷物がないのにフォークリフトの爪を上段に挙げたまま本件道路に進入した過失があるから、民法七〇九条に基づき損害賠償責任を負う。

(二) 被告兼広は、被告健一の使用者であり、被告兼広の事業の執行中に発生した本件事故につき、民法七一五条に基づき損害賠償責任を負う。

3  傷害及び治療経過等

(一) 原告は、本件事故により、頭蓋骨々折、顔面挫滅創、口唇部挫創、尿閉塞等の傷害を負い、その治療のため、昭和六一年一一月一二日から一二月一四日まで春日井市の渡辺整形外科に入院し、退院後も昭和六二年一月中旬ころまでは殆ど毎日、その後同月末日までは隔日に、二月からは三、四日に一日の割合で同病院に通院している。

(二) 原告は、顔面に約四センチメートルの傷の瘢痕が残存しているほか、頭痛、頭痛感の後遺障害が残つた。

4  損害

原告は、本件事故により、以下の損害を被つた。

(一) 治療費 一三万七〇〇〇円

昭和六一年一一月一二日から昭和六二年一月二六日までの分

(二) 付添看護料 六万四〇〇〇円

近親者付添費として一日三二〇〇円の割合による入院二〇日間分

(三) 入通院慰謝料 八〇万円

(四) 後遺障害慰謝料 二六〇万円

後遺障害等級 一二級に相当する。

(五) 後遺障害による逸失利益 一二四万三二〇〇円

原告は、三八歳の高校卒の家庭の主婦であるので、同年齢の平均賃金年収約二二二万円を基礎とし、労働能力喪失率を一四パーセント、喪失期間を四年とみて逸失利益を算定すると、次の計算式のとおり一二四万三二〇〇円となる。

2,220,000×0.14×4=1,243,200

(六) 合計 四八四万四二〇〇円

5  よつて、原告は、被告らに対し、各自右四八四万四二〇〇円及びこれに対する本件事故後で訴状送達の日の翌日である昭和六二年三月一五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は、事故の態様を除き認める。

原告車は、時速約三〇キロメートルで本件道路を北から南へ右側通行していたものであり、しかも停止している被告車のフォークリフトの爪に衝突してきたものである。

2(一)  同2(一)のうち、被告健一が荷物がないのにフォークリフトの爪を上段に挙げていたことは認めるが、その余は否認する。

(二)  同2(二)のうち、被告兼広が被告健一の使用者であること、本件事故が被告兼広の事業の執行中に発生したことは認めるが、その余は否認する。

(三)  被告らの主張

被告車は、本件事故当時、自動車解体作業場の敷地内に停止し、本件道路にわずか五〇センチメートル程度爪を出していたにすぎない。また、被告兼広は、被告車の南側で本件道路上に立ち、左右の交通の安全を確認しながら被告健一に被告車の操作を指示していたものであるが、停止中の被告車に接近して来る原告車を発見し、原告に対し「止まれ、止まれ」と大声で呼びかけたにもかかわらず、原告が前方注視義務を怠つて漫然と進行したため、本件事故が発生した。また、原告は、ヘルメット着用義務にも違反しており、これが傷害の発生原因となつている。したがつて、本件事故は、原告の全面的過失により発生したものである。

3  請求原因3のうち、原告が傷害を負つたことは認めるが、その余の事実は不知。なお、原告の顔面の瘢痕は治癒に近づきつつあり、後遺障害とは認められない。

4  同4の事実はいずれも否認する。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因1(事故の発生)のうち、日時、場所、当事者及び運転車両については、当事者間に争いがない。

二  そこで、本件事故の態様につき判断する。

1  成立に争いのない甲第六号証、第七号証、乙第六号証の一ないし五、原本の存在及び成立に争いのない乙第五号証の一ないし八、原告本人尋問の結果、被告健一及び同兼広の各本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く。)を総合すると、以下の事実が認められる。

(一)  被告健一は、本件事故発生の直前まで被告車を運転し、被告兼広の自動車解体作業場建物敷地と道路一つ隔てた廃材置場の資材の積みかえ作業を行つていたが、廃材置場奥の資材を道路沿いの場所に積みかえるためには、被告車を一旦道路に乗り出して作業を行う必要があつた。

(二)  被告健一は、道路上に立つている被告兼広の誘導により右作業に従事していたところ、道路南側から一台の自動車が接近したので、これを通過させるため、一旦被告車を作業場建物北側の空地に後退させ、荷物がないのにフォークリフトの爪の高さを地上から約一・二五メートルの高さに保つたまま、爪の先端の一部が道路上に出た状態で停止した。

(三)  右自動車通過後、今度は道路北側から原告車が接近してきたため、フォークリフトの爪の南側に立つていた被告兼広は、「危い、止まれ」あるいは「危い、バイク」と声を出したが、間に合わず、フォークリフトの爪の先端部分と原告の着用していたヘルメット前部及び原告の額とが衝突した。

(四)  右衝突の瞬間には被告車は停止していたが、原告車のものと推認される路上のスリップ痕に照らして、衝突地点は道路西端から約一・二メートルの地点であり、したがつて、フォークリフトの爪は道路上に約一・二メートル出た状態にあつた。

2  これに対し、乙第四号証及び第五号証の一三中の記載並びに被告健一及び同兼広の供述中には、フォークリフトの爪は道路上に五〇センチメートル程度しか出ていなかつたとの被告ら主張に沿う各部分がある。

しかし、前掲乙第五号証の一ないし六に照らしてみると、原告及び被告健一の捜査段階における各供述内容に不自然、不合理な点は認められないから、これに反する被告ら主張に沿う右各部分は措信することができない(仮に、道路南側から来た自動車を通過させるため、フォークリフトの爪が道路上に五〇センチメートル程度しか出ない状態まで一旦後退したとすると、被告車は、右自動車通過後若干前進し、被告兼広の「危い、止まれ」との声により衝突時には道路上に爪を約一・二メートル出した状態で停止するに至つたものと推認される。)。

他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

三  請求原因2(責任原因)につき判断する。

1  成立に争いのない甲第六号証、第九号証、前掲乙第五号証の三及び弁論の全趣旨によれば、被告車のフォークリフトの爪は、長さが約一・三メートル、厚さが三~四センチメートルの金属製のものであり、爪の高さは、上段(地上約二メートル)から下段(地上すれすれの状態)まで上下しうるが、本件事故時のように地上約一・二五メートルの高さ(中段)にあると、これを人体に衝突させ、傷害を与える危険性のあるものであることが認められる。したがつて、元来構内用の自動車である被告車の運転者としては、爪を中段の高さにしたまま道路上に出る場合は、特に交通の安全を確認し、事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるといえる。

本件の場合、前記のとおり、被告車は作業場建物北側の空地に入つており、被告健一からの見通しが困難なこともあつて被告兼広が道路上に出ている爪の南側に立つて、運転者の補助者として被告車の誘導にあたつていたものであるが、被告健一本人尋問の結果によれば、自動車を通過させる際、被告車をさらに後退させる余地があり、原告車の通過を待つて道路上に進出することも可能であつたことが認められる。

そうすると、道路上にフォークリフトの爪を約一・二メートルも出し、しかも爪の位置を地上約一・二五メートルの高さに保つていたことは、衝突事故を発生させるに足りる危険な行為であり、被告健一は、前記注意義務を怠つた過失があるものといわざるをえない。

なお、被告健一が刑事処分(少年法上の処分)を受けていないとしても、刑法上の構成要件該当性ないし処分の要否の判断と、民法上の不法行為における過失ないし結果回避義務違反の有無の判断とは必ずしも一致するものとは限らないし、被告健一が事故発生時において原告車の視認が困難な状況であつたとしても、前認定の被告兼広の立つていた位置からすれば、被告健一の運転補助者としての被告兼広が視認可能な状態にあつたから、被告健一が責任を免れる理由とすることはできない。

他に右の認定、判断を覆すに足りる資料はないから、被告健一は、民法七〇九条に基づき損害賠償責任を負う。

2  被告兼広が被告健一の使用者であり、本件事故が被告兼広の事業の執行中に発生したことは、当事者間に争いがない。

よつて、被告兼広は、被告健一の右過失により発生した本件事故につき、民法七一五条に基づき損害賠償責任を負う。

四  請求原因3(傷害及び治療経過等)につき判断する。

原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第二号証の一、二、第八号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第四号証及び原告本人尋問の結果によれば、請求原因3記載の傷害、治療経過及び後遺障害が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

五  請求原因4(損害)につき判断する。

1  治療費

原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第五号証及び同尋問の結果によれば、原告は、本件事故による傷害の治療費として、少なくとも原告主張の一三万七〇〇〇円を要したことが認められ、これに反する証拠はない。

2  付添看護料

前記原告の傷害の部位、程度に照らして、入院期間中(二〇日間)付添看護が必要であつたものと認められるところ、近親者付添費としては一日あたり三二〇〇円、二〇日分合計六万四〇〇〇円が損害と認められる。

3  入通院慰謝料

前記事故態様、傷害及び治療経過等を考慮すると、原告の入通院期間の精神的苦痛に対する慰謝料は七〇万円が相当である。

4  後遺障害慰謝料

前認定の後遺障害、特に額の長さ約四センチメートルの瘢痕は、女性である原告にとつては精神的苦痛が大きいものと推認でき、その他の頭痛等の神経症状をも考慮すると、後遺障害による精神的苦痛に対する慰謝料は一七〇万円が相当である。

5  後遺障害による逸失利益

原告本人尋問の結果によれば、原告は三八歳の家庭の主婦であることが認められるが、証拠によつても前記額の瘢痕が直接家事労働能力に影響を及ぼす程度のものとは認め難い。他方、前記神経症状が残存していることを考えて、後遺障害による労働能力喪失率は五パーセント、喪失期間は二年間とみるのが相当である。

よつて、昭和六一年度賃金センサス三八歳女子の平均賃金の範囲内で、原告主張額である年収二二二万円を基礎とし、新ホフマン方式により年五分の割合による中間利息を控除して、後遺障害による逸失利益を算定すると、次の計算式のとおり二〇万六五七一円となる。

2,220,000×0.05×1.861=206,571

6  合計

以上1ないし5を合計すると、二八〇万七五七一円となる。

六  過失相殺

被告らは、本件事故は原告の過失により発生したものであるとして具体的事実に基づく主張をしているので、この点は過失相殺の事由として斟酌しうるものである。

ところで、本件の場合、前掲乙第五号証の一ないし八によれば、原告車は、本来左側通行をすべきであるのに道路の中央や右側(三メートルの幅員の道路の右端から約一・二メートルのところ)を時速約三〇キロメートルで進行していたこと、原告は、衝突地点の約一三・七メートルの手前から発見が可能であつたのにフォークリフトの爪の発見が遅れたうえ、被告兼広が手を上げ声を出して制止しているのに、左へハンドルを切るなどの回避措置をとつていないことが認められるので、原告の道路右寄り通行及びフォークリフトの爪の発見遅れを過失相殺の事由として斟酌するのが相当である。

なお、前認定のとおり、原告は事故当時ヘルメットを着用しており、この点に関する被告らの主張は採用することができない。

そして、本件事故態様、原告の右過失の内容、程度、前記被告健一の過失の内容、程度等諸般の事情を斟酌すると、原告の損害につき三五パーセントの過失相殺をするのが相当である。

よつて、前項の金額につき三五パーセントの過失相殺をすると、残額は一八二万四九二一円となる。

七  結論

以上の次第で、原告の本訴請求は、被告らに対し、各自右一八二万四九二一円及びこれに対する本件事故後である昭和六二年三月一五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 芝田俊文)

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